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2006年1月10日 (火)

勘平 浄瑠璃では切腹だったようです

【錦糸サイト ツツドリさん】
あばた

【前略】
(勘平)腹切と(桜丸)切腹の語順の違い、何か意味があるのでしょうか?【後略】

2006/01/08(日) 18:15

【同 喜美子さん】

ハラキリのこと.

「判官切腹」に対して、勘平さんは「腹切」なのではないでしょうか。
先の段で不忠を働いての浪々、身分の違いかな?とも思ったのですが、「桜丸切腹」・・桜丸は舎人・・というのもあるし。ここはやっぱり「判官切腹」との対比では、と我が家では話しています。
「弥作鎌腹」なんていうのもありましたね。
【後略】

2006/01/09(月) 18:15

【同 結城さん】

はじめましてm(_ _)m.

はじめて書き込みさせていただきます。
今まで「勘平腹切」は彼が浪人して猟師をしているから・・と思ってました。

でも考えてみると桜丸は「桜丸切腹」。彼も(身分は別として)自刃する時は宮家の禄を離れた「浪人」。

考えると眠れなくなりました(笑)
喜美子様の
>判官切腹」との対比では
に納得です(^^)これで、安眠できます(笑)
【後略】
2006/01/10(火) 09:13

切腹と腹切についての書き込みを読み、興味がわきました。

 小学館の日本国語大辞典によると、切腹と腹切(り)とは同義であり、使い分けはないようです。
 また、浄瑠璃の中では、「堪り兼ねて勘平諸肌押し脱ぎ脇差を、抜くより早く腹へぐつと突き立て、「ム、いづれもの手前面目もなき仕合はせ、拙者が望み叶はぬ時は切腹と兼ねての覚悟」(八介さんの床本集)とあり、腹切ということばは出てきません。もっとも、これは勘平のことばですから、これだけでは判断できません。

 小学館刊行「新編日本古典文学全集」77『浄瑠璃集』所載のものによれば、第六 財布の連判(与市兵衛住家)とあって、勘平の下りは別れていませんが、編者の小見出しは「切腹」を使っています。
 また、杉山其日庵(茂丸)著『瑠璃素人講釈』(1926年刊、昨年岩波文庫に収録)でも、仮名手本忠臣蔵 六段目切 勘平切腹の段 となっています。

 文楽公演の記録を、文化デジタルライブラリーにあたって見ますと、該当の段については、1967(昭和42)年12月からの記録があります。この時から1976(昭和51)年7月公演までは、「早野勘平切腹の段」でした。1976(昭和51)年 12月公演は「 勘平住家腹切の段」と変わって、その後は、1992(平成4)年 11月の素浄瑠璃の会などで「切腹」が使われることもありますが、「腹切」に切り替わったようです。
 (参考:面白いのが、1994(平成6)11月公演は芸術祭主催の公演で、芸術祭の記録では「切腹」で、デジタルライブラリーでは「腹切」です。プログラムをお持ちの方のご教示をいただければ有難いです。)

 一方、歌舞伎では、1970(昭和45)年 7月の4回歌舞伎鑑賞教室から記録がありますが、「与市兵衛内勘平腹切の場」となっていて、その後も一貫して「勘平腹切」となっています。
 どうやら歌舞伎の世界から、「腹切の段」が輸入されたのではないでしょうか。
 歌舞伎での「切腹」と「腹切」についてはまた後ほど。

八介さんの床本集
http://homepage2.nifty.com/hachisuke/yukahon.htm
文化デジタルライブラリー
http://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/


2006/01/10(火)

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