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2008年12月 7日 (日)

「敵討襤褸錦」あらすじ

 前にご紹介したチラシに各演目のごくおおまかなあらすじが載っていますが、詳しく紹介します。ご存知の方はゴミ箱にお捨てください。上演されるのは中の巻と下の巻の一部です。


【上の巻】
 備後の入江家の家臣春藤助太夫は、若殿の慰みに舞子を抱えるため下見の使命をうけ京都園先斗(ぽんと)町の貸座敷に。朋輩の須藤六郎右衛門と組下の彦坂甚六は別の用事で京都にいたが、見物したいとのことで同席する。てるという舞子が選ばれたが、六郎右衛門は先頃からてるに執心であったので、甚六をかたらい、助太夫の子でたわけな助太郎をだまし、てるを連れ出そうとする。それを助太夫にみつかった須藤・彦坂の両人は助太夫を殺し、てるを連れて逃げ去る(先斗町)。

【中の巻】
 助太郎と若党佐兵衛が帰国し、京の出来事を伝える。助太夫の子次郎右衛門と新七は義理の兄助太郎を伴い父の仇討に出立しようとする。助太郎の実母は足手まといになる助太郎を殺す。春藤と須藤とは隣同士、六郎右衛門の妹置霜は新七の嫁にとの話が進んでいたが、新七とは添えぬ身と悟り自害する(春藤屋敷)。
 後に残った次郎右衛門の母と女房は、城下町はずれに住む。若党伊兵衛とその妹婿佐兵衛は、主人の留守中、共に自分の妻を身売りさせ、次郎右衛門等に金を渡すため、奴姿で路銀を嫁ぎつつ大坂へ向かう(身売り・道行対の花鰄(ついのはなかいらぎ))

【下の巻】
 郡山藩の加村宇田右衛門は須藤・彦坂をかくまっている。舞子を肝入りした伝六に渡す金を工面のため、六郎右衛門所持の刀を殿に買い上げてもらおうと、同藩の高市武右衛門に見せる。備前長光の刀の真贋の争いとなり、大安寺(だいあんじ、後年の歌舞伎では大晏寺と表記)堤の非人の試し斬りをすることになる(郡山八幡)。
 その非人というのは春藤兄弟で、次郎右衛門が足腰の痛みを訴え、弟新七は薬を買いに郡山まで出かける。その留守へ高市親子と宇田右衛門が来る。次郎右衛門は敵を討つ身だからと哀訴するので高市親子は試し斬りを思いとどまる。その夜ふけ(暁近く)宇田右衛門は須藤・彦坂をって立ち戻り、次郎右衛門をだまし討ちする。立ち戻った新七は瀕死の兄をみて憤るが、高市親子がきて二人を屋敷へひきとる(大安寺堤)。
 関東出立を急ぐ宇田右衛門邸を武右衛門が訪問。須藤・彦坂の所在を確認して兄弟を呼び、馬子となって入り込んだ伊兵衛・佐兵衛も見守る中、春藤兄弟は見事仇討を果たす(敵討)。

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コメント

作品紹介が次のブログの昨年12月11日にも掲載されています。
Dancing Living Dolls

投稿: 以良香 | 2009年1月11日 (日) 21時48分

六郎右衛門所持の「備前長光」は贋物のようですが、次郎右衛門の持つ刀は青江下坂の名を持つ名刀です。
「青江下坂」の名を持つ刀は「伊勢音頭恋寝刃」にも出てきます。
次の記事を参照下さい。
以良香の文楽・浄瑠璃メモ: 青江下坂と葵下坂

投稿: 以良香 | 2009年3月12日 (木) 11時11分

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