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2010年2月12日 (金)

「大経師昔暦」あらすじ

すでに東京公演中ですから、今更の感がありますが、上演されるのは「奥丹波隠れ家」まで、近松の原作では最後にどうなっているか、紹介しておきます。


大経師昔暦(だいきょうじむかしごよみ)浄瑠璃。世話物。三巻。近松門左衛門作。正徳五年(一七一五)春大坂竹本座初演。京都烏丸通り四条下ルの大経師浜岡権之助(剃髪後意俊と名乗る)の妻さんが、手代茂兵衛と密通した事件を脚色したもの。両人は二人の媒介をした下女の玉とともに丹波国氷上郡山田村にひそんでいたところを捕えられ、天和三年(一六八三)九月二二日に三人ともに、洛中引き回しの上粟田口で処刑された。本曲はその三十三回忌にあたる年に上演され、年忌浄瑠璃としての特色を持つ。
【あらすじ】 上巻―京都四条烏丸の大経師以春の妻おさんは、実家から金の調達を依頼され、その金策を店の手代茂兵衛に頼む。茂兵衛は主人の実印を白紙に押そうとするところを同僚の助右衛門に発見される。茂兵衛に思いを寄せる下女玉が罪を引き受けようとするが許されず、隣家の二階に預けられる。一方おさんは、夫以春が下女玉の寝所に忍んで来ることを知り、夫をこらしめようと、玉と寝床を替わる。茂兵衛は自分をかばってくれた玉の思いに答えようと、玉の寝所に忍び込む。おさんと茂兵衛ははからずも不義を起こしてしまう。二人は家を逃げ出す(大経師以春屋敷)。中巻―玉は岡崎村に住む伯父の講釈師赤松梅竜の家に預けられる。おさんと茂兵衛はそこへ逃げてくる。おさんの両親岐阜屋道順夫婦が偶然尋ねてきて、悲運を悲しむが、二人に金を与えて去る(赤松梅竜宅)。下巻―おさん・茂兵衛は奥丹波柏原に逃れ住んでいたが、丹後宮津に逃れようとして捕らえられる。梅竜がおさん茂兵衛に不義はなく、すべての罪は玉にあると、玉の首桶を提げてやってくる。しかし、証人である玉がいなくては、無罪を証明することはできなくなった。(奥丹波隠れ家)。二人は京の町を引き回される。(おさん茂兵衛暦歌)処刑されようとするとき、黒谷の東岸和尚が駆けつけ、衣の徳によって二人の命を救う(刑場)。
【特色】同題材の西鶴作の『好色五人女』巻三があり、おさんの積極的な恋情と、それにつき動かされていく茂兵衛を描いたのに対し、近松作では二人の不義を当人達の意志によらない、偶然の過ちとして描いている。最後に両名の命を救うのはあまりに唐突だが、ここに年忌浄瑠璃の特色がみられる。本作は元文五年(一七四〇)近松門左衛門の十七回忌追善の切浄瑠璃として、『恋八卦柱暦』と改題して上演され、その後もさらに増補されて歌舞伎や浄瑠璃で上演された。

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2010年2月11日 (木)

伝統芸能情報館 「人形浄瑠璃文楽の歴史」

少し前の情報ですが、伝統芸能情報館で企画展示「人形浄瑠璃文楽の歴史」を開催中です。
2月公演あるいは5月公演の機会に足を運びたいものです。

期 間:平成22年2月5日(金)~平成22年5月24日(月)
時 間:10時~18時(毎月第3水曜日は20時まで)
休室日:なし

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国立劇場の梅

1月26日の情報で、梅がほころびたとのことです。

国立劇場の梅がほころび始めました|日本芸術文化振興会
http://www.ntj.jac.go.jp/topics/news100126_1.html

見頃は2月上旬ということだそうですが、2006年では、2月25日の時点でもそれなりに見られました。
国立劇場の梅: 以良香の文楽・浄瑠璃メモ
http://iraka.tea-nifty.com/butai/2006/02/post_2569.html

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「新版歌祭文」のタイトルについて補足

 「新版歌祭文」のタイトルについて、何か書き落としていたと気になっていましたが、『浄瑠璃名作集 上』(日本名著全集)『浄瑠璃集 下』(日本古典文学大系)によって補足します。
 お染久松の事件は、歌祭文に歌われ、歌舞伎で演じられてきました。紀海音の「お染久松 袂(たもと)の白(しら)しぼり」は、この人気を利用して浄瑠璃にしたもので、「地蔵めぐり道行」の段では、お染・久松の両人は、夢の中で自分たちと同じ名の男女の情死を歌った歌祭文を聞く場面があります。二人の行く末を暗示する場面です。この流れを踏まえて、「新版歌祭文」の外題がつけられたといいます。

 「新版歌祭文」では、歌祭文は登場しませんが、「野崎村」の冒頭で、お夏清十郎の道行の一節が語られます。久作の家に繁太夫節(上方浄瑠璃の一つ)を語る門付けが、お夏清十郎の道行きを語りはじめ、おみつは「母さんの煩ひで三味線も耳へは入らぬ。」と断りますが、なお、「清十郎涙ぐみお夏が手を取り顔打眺め、同じ恋とはいひながら、お主(しゅう)の娘を連れて退(の)く、これより上の罪もなし」と語ります。おみつは「聞きとむない。通りや通りや」と言うところに、久作が現れ、おみつの気晴らしにでもと、浄瑠璃本を買い求めます。「座摩社」の後の段、われわれはお染久松とお夏清十郎を重ねますが、久作はお夏とおみつとをくらべて「同じ娘でも世は様々」と歎じます。

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2010年2月 9日 (火)

「新版歌祭文」あらすじ

新版歌祭文(しんぱんうたざいもん)

 二巻。近松半二作。角書「お染久松」。安永9年(1780年)9月大阪竹本座初演。油屋お染と丁稚久松の心中事件を題材とし戯曲化した中で、最も著名な作品。歌舞伎『心中鬼門角』(宝永7年(1710))、浄瑠璃『お染久松袂の白しぼり』(宝永7年、紀海音作)『染模様妹背門松』(明和4年(1767)菅専助作)などのお染久松物の影響下に成立するが、野崎村は半次の創案に成る。
 歌祭文は江戸時代の俗曲の一つで、心中事件などを、節おもしろく唄い、その文句を売り歩いたもので、タイトルはその新しい版の意。
【あらすじ】上の巻 「座摩社(ざまやしろ)の段」「野崎村の段」下の巻 「長町の段」「油屋の段」
からなる。
 大坂油屋の娘お染と丁稚久松は恋仲で、お染の山家屋佐四郎との縁談に心を痛めている。久松は座摩社で油屋の下人小助・浪人鈴木弥忠太・だはの勘六らに謀られ、受取金を騙し取られた科で、野崎村の養父久作の許に戻される。
 久松はもと和泉国石津の家中相良丈太夫の子息で、父はお家の宝刀吉光を紛失した科で切腹、乳母お庄の兄久作に養育された身である。
 久作は財産を処分して騙し取られた金を弁償する。久作は、かねてから久松と女房の連れ子おみつを夫婦にすることを考えていたが、久松を引き取って祝言をあげることにする。祝言の支度に忙しいおみつの前に、お染が久松を追って現れる。久松はお染に別れ話を持ち出すが、お染は死を覚悟していて、久松も共に死ぬことを決意する。二人の覚悟を知り、おみつは久松への恋を諦め、尼になって身を引く。
 周囲の人々の心尽くしに死を断念する二人の前に、お染の母お勝が現れ、弁償金を戻し、お染と久松に時節を待てと諭すが、世間を憚って、お染は母と舟で、久松は駕籠で大坂へ帰っていく。[上の巻]
 油屋へ戻った久松に、小助・弥忠太・勘六らは山家屋からの結納金を盗み、その嫌疑を塗り付けようとするが、その場をお庄に救われる。小助一味の勘六は、お庄が自分の母親と知って改心し、お庄とともに久松の父が弥忠太に盗まれた吉光を取り戻して久松を本国に帰参させようとする。お染の母はお染に、久松のためにも山家屋へ嫁入りするよう意見する。質屋から取り戻した吉光の刀は偽物であったが、勘六が弥忠太から吉光を取り戻す。そうとは知らず、お染と久松は油屋の蔵の内と外で心中する。[下巻]
【上演】野崎村の段が有名で、歌舞伎でもしばしば上演される。文楽では通しでも演じられる。

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2010年5月公演

 2月公演がすでに始まっています。土日は大変寒さが厳しかったのですが、推奨日の20日には寒さも和らいでいるでしょうか。

 さて、だいぶ先のことではありますが、2月公演の幕あきとともに5月東京文楽公演の演目が決まりました。次のところに案内がアップされています。(チラシはまだで演目と日時のみ)

公演情報 詳細|日本芸術文化振興会|
http://www.ntj.jac.go.jp/performance/3318.html

 5月公演は、第一部の祇園祭礼信仰記(ぎおんさいれいしんこうき)は1995年以来、碁太平記白石噺(ごたいへいきしらいしばなし)1994年以来と珍しい演目で、こちらにも引かれますが、第二部 新版歌祭文(しんぱんうたざいもん)をお薦めします。
 2007年12月には若手中堅による座摩社(ざまやしろ)・野崎村のみの公演があり、この時に足を運ばれた方もいらっしゃいますが、今回住大夫師匠が野崎村を語り、かつ1999年9月公演以来の通し公演で、この機会を逃したくないものです。なお、二部構成のため、料金が高くなっていますのでご注意ください。

5月文楽公演
公演期間 2010年5月8日(土) ~ 2010年5月24日(月)

<第一部>11時開演(15時25分終演予定)
祇園祭礼信仰記
金閣寺の段
爪先鼠の段
碁太平記白石噺
浅草雷門の段
新吉原揚屋の段
連獅子(れんじし)

<第二部>16時開演(20時10分終演予定)
新版歌祭文
野崎村の段
油屋の段
蔵場の段
団子売(だんごうり)


等級別料金 1等席 6500円(学生4600円)

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