2007年3月22日 (木)

2007年5月公演「絵本太閤記」 続報 あらすじ

 全般としては暖かだった今年の冬ですが、3月になってその名残が結構厳しかったりしました。それでも、お彼岸の中日を経てコートともまもなくお別れというところでしょうか。

 5月公演、住大夫師匠がどの段を語るか、先日はまだ不明でしたが第2部の「七段目 杉の森の段」となっています。
 「絵本太功記」では「十段目 夕顔棚の段・尼ヶ崎の段」(太十)があまりにも有名ですが、「杉の森の段」は、五段構成の時代物では三段目(「妹背山女庭訓」では「山の段」)に当たる段となります。武智光秀がどちらかというと主筋になる全体の展開の中では脇筋になりますが、尾田信秀を継承する真柴秀吉との関係では重要な段となっています(粗筋は最後に)。第2部は、人間国宝の語りと、「太十」とを堪能できることになります。

[杉の森の段]
 慶覚(尾田春長と不和になったため隠れている将軍)を擁する鱸重成の砦。息子の孫市は尾田との和睦の使いにたったが、失敗したため勘当されている。重成は尾田側に不利な兆しがあったと機嫌がいい。
 夏の日、鎧櫃を肩に孫市が帰ってくる。そこへあらわれた曲者を倒し、その懐中から書面を見つける。「都本能寺において春長父子、光秀がために討死」。孫市は鎧櫃から息子の重若を出し、妻雪の谷・娘松代と再会する。
 孫市は「怪我をして、春長を討つこともままならず帰ってきた。春長の死でいったんは囲みを解くだろうが、また押し寄せてくるだろう。こうなれば自分の首を久吉に差し出し、和睦を乞え」と反対する妻を木に縛り、幼い子供に切腹の介錯をさせる。
 重成が現れ「勘当を赦す。心静かに最期をとげよ。」孫市の首が落ちる。
 そこへ、久吉の内意で中川清秀が慶覚を迎えに来る。最初は疑念を持った重成も清秀の言葉に了解し、重若は二代目鱸孫市の名をつぎ、慶覚らが都へ向かう行列に連なる。


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2007年2月20日 (火)

2007年5月「絵本太功記」あらすじ

 この冬は総体として暖かいのですが、日によってはやや冷え込むなど、もう少し春は先でしょうか。
 さて、文楽東京2月公演、平日などやや空席が目立っているようですが、舞台は好評のようで楽しみなところです。
 さて、気の早いことですが、5月公演の演目は、通し狂言で、近松柳・近松湖水軒・近松千葉軒作の「絵本太功記」、秀吉の一代記である読み本の『絵本太閤記』を文楽にしたものですが、主人公は光秀で、その「三日天下」を描いています。

 今回2部構成で、それぞれの部が6500円、1部2部通しだとふところに厳しいところです。
 住大夫師匠は第一部の六月六日妙心寺の段と文楽協会からは要請があるそうですが、ご本人は第二部六月十日尼ケ崎の段をまだ語ったことがないので希望されているそうです。尼ケ崎の段は、「太功記十段目」を略して「太十(たいじゅう)」と通称され、浄瑠璃の代表的な一段とされています。
 住師匠が妙心寺と尼ケ崎のどちらになるかまだ分からない段階ですが、推奨日を決めてしまいます。
 粗筋にあるように妙心寺の段も重要な段ですが、なんといっても「絵本太功記」といえば太十を指すくらいですから、尼ケ崎の段を含む第二部、5月19日を推奨日とします。全体としても2部に集中すると思います。

<<5月国立劇場小劇場 文楽公演>>
5月11日(金)~27日(日)   昼夜入れ替えなし
通し狂言 絵本太功記

第一部(11時開演)
発端 安土城中の段
六月朔日 二条城配膳の段
       千本通光秀館の段
六月二日 本能寺の段
六月五日 局注進の段
       長左衛門切腹の段
六月六日 妙心寺の段

第二部(4時開演)
六月七日 杉の森の段
六月九日 瓜献上の段
六月十日 夕顔棚の段
       尼ケ崎の段
大詰   大徳寺焼香の段

<<第一部の粗筋>>
○安土城中の段
 仏教を迫害し、情けも容赦もなく、安土の鬼と呼ばれる尾田春長(織田信長)を案じ、武智光秀(明智光秀)は春長を諌めますが、頭を打たれる恥辱を受けます。逆に春長の胸中には光秀に対する猜疑の念が生じます。
○二条城配膳の段
 春長は辱めを受けても怒りを表さない光秀の底意を探ろうとし、ついには森蘭丸の鉄扇で光秀の眉間が割られます。
○妙心寺の段
 十段目につながる意味からも重要な段で、光秀は老母・皐月(さつき)の不忠の戒めに、一度は心が揺らぎ切腹を図るものの、家臣の四天王が止め、子息十次郎の「天下万民の苦しみを救い給え」との言葉に、心を取り直します。

<<第二部の粗筋>>
○夕顔棚の段
 夏の終り頃の摂津尼ヶ崎の情景を描きます。旅僧に身を変じた真柴久吉(ましばひさよし、羽柴秀吉)が登場します。
○尼ヶ崎の段
 十次郎のこれから戦場へと向かう憂いから始まり、十次郎と許嫁・初菊の固めとも別れともつかない盃事。光秀の母・皐月と妻・操の憂き思いが語られます。
 そして光秀の出となります。「現われいでたる武智光秀」は有名なことばです。光秀は久吉だと思いあやまって、皐月を刺してしまいます。操の「これ見たまえ光秀殿」のクドキも有名です。
 手負いとなり戻った十次郎、死の迫った皐月と十次郎、それをおくらなければならない光秀の妻操と嫁の悲痛な叫び。
 光秀は久吉と対面し、後日天王山で再び会うことを約束します。

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