2008年9月15日 (月)

「源平布引滝」あらすじ

[源平布引滝あらすじ]
<義賢館の段>
 平家全盛の時代、木曽義賢は、平家に服従すると見せて源氏再興の機をうかがい、源氏の白旗を守っているが、ことあらわれて討ち死にした。その最後の時、近江の百姓九郎助はと娘の小まんが訪ねてくる。小まんは、義賢の奴・折平(実は源氏の一族多田蔵人行綱)との間に、太郎吉という子をもうけていた。義賢は、二人に腹に子を宿した妻の葵御前と源氏の白旗とを託す。

〈矢橋の段〉
 源氏の白旗をあずかった小万が矢橋の浦までたどり着くと、平家方に取り囲まれ、奮戦するものの、追い詰められて琵琶湖に飛び込む。

〈竹生島遊覧の段〉
 清盛の代参として竹生島に参詣する宗盛の船に、兄重盛の信任厚い斎藤実盛の小船が漕ぎ寄せてきた。実盛は源氏の血筋を引く者の探索のため、同役の瀬尾十郎と落ち合うのだという。実盛はお伽役の飛騨左右衛門に引き留められ、酒宴が始まる。
 この船に泳ぎ着こうとする小まんを見つけ、実盛は助けるが、小まんが持つ源氏の白旗を船のものが奪おうとする。白旗を平家にわたすまいと抵抗する小まんの腕を左右衛門がねじあげる。その時実盛がこまんの腕を切り落とす。

<九郎助内の段>
 近江の九郎助の家。漁に出ていた九郎助と太郎吉が戻ってきた。大きな獲物がかかったと取りだしたものは、白絹をつかんだ女の片腕。源氏の白旗をみて、人々は小まんの身を案じる。
 そこに、実盛と瀬尾が詮議にやってくる。重盛からは、生まれた子が女なら助けよと言われている。男か女かの検分は実盛の役。女と見せかけて助けようと思案しながら赤子を包んだ錦を開くと、中には最前の腕。実盛が故事を引いて言いくるめるので、瀬尾は清盛に報告すると言い捨てて去っていく。実盛に礼を述べる葵御前に、実盛は、自分がもとは源氏方であったことを明かし、白旗が平家の手に渡らぬよう小まんの腕を切り落としたと語る。
 猟師たちが小まんの死骸を運び込む。九郎助は太郎吉に、小まんが実は捨て子であり、平家方の何者かの娘だという書き付けと守り刀を身につけていたことを語る。
 やがて、葵御前は男の子(後の木曽義仲)を産む。九郎助の願いを聞き、実盛は太郎吉を若君の家来にと推挙するが、葵御前は、平家の血を引くものゆえ、一つ手柄を立ててからと答える。
 そこに瀬尾が立ち塞がり、非道の言動に出る。怒った太郎吉が瀬尾を刺すと、瀬尾は自分こそ小まんの父親であると告白し、孫のために命を捨てるのだと我が首をかき切る。
 葵御前は太郎吉の手柄を賞でて若君の家来とし、侍となった太郎吉は、母の敵と実盛に迫る。実盛は、太郎吉が成人の後、改めて討たれようと約束し、再会するとき顔がわかるよう、白髪になっていても鬢髭を墨で染めて出陣することを約束し、この家をあとにする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年12月公演 「源平布引滝」

 秋らしい日があったり暑さの名残を感じたりの日々です。東京9月公演は好評で、チケットがとりにくい状況のようでした。第一部猿回しの段、襲名披露、十種香・狐火の段には多数の方とともに13日に足を運びましたが、6日に一人で行ってきた第二部奥州安達原もあまり上演されない段があり、よいものでした。

 さて、12月文楽公演の演目が決まりました。次の所にチラシがアップされています。
  公演情報 詳細|日本芸術文化振興会|12月文楽公演
http://www.ntj.jac.go.jp/performance/2254.html

 演目源平布引滝は東京では2000年2月の通し公演、2005年2月に三段目上演がありますが、義賢館の段は久しぶりということです。恒例のことながら、12月公演は中堅若手のみの出演ですが、時代物の傑作の一つはいかがでしょうか。

【12月文楽公演】
公演期間 2008年12月4日(木) ~ 2008年12月16日(火)
開演時間
月・火・水・木・土曜 5時(8時50分終演予定)
金・日曜        2時(5時50分終演予定)

源平布引滝
二段目
   義賢館の段
三段目
   矢橋の段
   竹生島遊覧の段
   九郎助内の段

【源平布引滝について】あらすじは後送
 延享3年(1746)から寛延元年(1748)に上演された「菅原伝授手習鑑」「義経千本桜」「仮名手本忠臣蔵」は、三大名作と呼ばれますが、「源平布引滝」は、「操り段々流行して歌舞伎は無(なき)が如し」といわれた寛延二年(1749)に、初演されました。作者は三大名作の作者のうち並木千柳、三好松洛です。
 『源平盛衰記』『平家物語』に構想を得て、平清盛の横暴、木曽義仲の誕生秘話と父義賢(よしかた)のこと、多田蔵人行綱のこと、白髪を墨で染め手塚太郎光盛に討たれる斎藤実盛のことなどが題材となっています。
 今回の上演は、全五段のうち、二段目の一部と三段目です。九郎助内の段はよく上演されますが、義賢館の段はめずらしい上演です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)