2009年2月15日 (日)

渡辺保・評 『なほになほなほ…』/『人形有情…』

毎日新聞に住大夫師匠と亡き吉田玉男さんの芸談の書評が載っていました。見出しは「芸の秘密を語る歴史的な回顧2編」。
住師匠のものは、日経に連載された当時目を通していたので、購入をどうしようか迷っていたのですが、やはり買いでしょうね。

◇『なほになほなほ--私の履歴書』=竹本住大夫・著
 (日本経済新聞出版社・2000円)
 ◇『人形有情--吉田玉男文楽芸談聞き書き』=吉田玉男・著、聞き手・宮辻政夫
 (岩波書店・3150円)

今週の本棚:渡辺保・評 『なほになほなほ…』/『人形有情…』 - 毎日jp(毎日新聞)
http://mainichi.jp/enta/book/hondana/news/20090215ddm015070015000c.html

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2008年12月24日 (水)

住大夫師匠『文楽のこころを語る』聞書・構成者、和楽舎代表、山本千恵子さんインタビュー記事

 住大夫師匠からの話をまとめた『文楽のこころを語る』(文芸春秋)の聞書・構成を行ない、それが縁で師匠の語りを中心に、文楽のCDを製作・販売している和楽舎代表の山本千恵子さんのインタビューが毎日新聞に掲載されました。

私のスタイル:和楽舎代表・山本千恵子さん - 毎日jp(毎日新聞)

 文楽を広める活動を始めた経緯、『文楽のこころを語る』が1万部売れたこと、「CDは簡単には売れないよ」という師匠を説得したことなどが語られています。
 
 前にもどこかで見かけましたが、記事の中で「竹本さん」と繰り返されています。歌舞伎・落語ではどう書いているのかちょっと気になりますが。

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2006年5月22日 (月)

燕三さんと住大夫師匠

【ひらめサイト】

 お二人の名前をキーワードに検索したところ、たくさんのサイトが出てきました。先代燕三は、住大夫師匠の相三味線でしたから当然ですが、住師匠と新燕三さんとの関連で興味深かったものがありましたので紹介します。

○日経ネット関西版2005年12月21日記事
http://www.nikkei.co.jp/kansai/now/30550.html
に、
「本舞台に関係者一同がズラリと並んであいさつを述べる形式を
とらないのには、『将来、もっと大きな名前を継いでほしい。本舞台での
襲名披露はその時に』との住大夫さんらの期待がある。」とありました。
 もっと大きな名前となると、燕三さんの師匠を超える名前ということになりますね。

○同2006年3月13日インタビュー
http://www.nikkei.co.jp/kansai/now/32033.html
には、燕三襲名は住大夫師匠に勧められたこと、燕三師匠のおかみさんに相談して、喜んでくださったこと。先代燕三さんが倒れられた翌日から千秋楽まで、住大夫師匠の稽古を受け、千秋楽まで燕三師匠の代わりを勤めたことなどが

○能 狂言ホームページ
http://www.iijnet.or.jp/NOH-KYOGEN/index.html
の中の、KENSYO インタビュー
http://www.iijnet.or.jp/NOH-KYOGEN/kensyo/int/intamenu.html
燕三さんの初舞台までの歩みなどがあります。

5月22日(月)

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2005年12月 6日 (火)

溝口健二『西鶴一代女』 と住師匠

【ひらめサイト】

 溝口健二『西鶴一代女』 に文楽関係者が出演していますが、錦糸サイトのおしゃべり広場、9月30日の書き込みによると桐竹紋十郎以外は偽名だそうで、神戸新聞の記事を紹介しています。
 なんと若き日の住大夫師匠が出演しているそうです。

おしゃべり広場
http://www.21style.jp/board/next12.cgi
神戸新聞の記事
http://www.kobe-np.co.jp/rensai/movie/cinema050725.html

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2005年9月27日 (火)

住大夫師匠の寺子屋

住大夫師匠が東京で寺子屋の段を語ったということを私の文楽の先輩から聞いていましたので、遡って調べてみました。
 1989年(平成元年)、1984年(昭和59年)が該当します。どちらも三味線は故燕三さん、私が文楽に接する以前です。84年といえば20年以上前、住師匠は文字大夫時代です。
 他の段を含め、切り場をどなたが語っているか追いかけてみると、時代がわかります。

2005/09/27(火)

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2005年5月18日 (水)

九月東京公演の予想(2005年)

【錦糸サイト】


 5月東京公演、この土曜日第2部に足を運びます。それなのに早くも東京9月公演の予想です。住大夫師匠と錦糸さんはどこを担当されるでしょうか。(あいかわらずの話題で済みません。)

 まず第一部、「芦屋道満大内鑑」ですが、これまで住大夫さんの名前が見あたらないですね(文化デジタルライブラリーと、このサイトの公演記録など)。
 「葛の葉子別れの段」は国立劇場・国立文楽劇場では、越路大夫、綱大夫、嶋大夫という記録となっています。住大夫師匠が担当される可能性は少ないかと。

 第二部の前半、「菅原伝授手習」といえば、2002年の菅原道真没後千百年通し狂言が記憶に新しいところですが、この時お二人は「桜丸切腹の段」です。
 9月公演にある「寺子屋の段」を住大夫師匠が最後に担当されたのは、1989年国立劇場小劇場、越路大夫引退披露国立文楽劇場開場五周年で、三味線は燕三さん(ちなみに「桜丸切腹の段」=越路大夫)。
 この段を住師匠が担当されるとすれば16年ぶり、錦糸さんとのコンビは初めてになりましょうか(素浄瑠璃では1998年の記録あり)。

 第二部の後半、「女殺油地獄」の切場「豊島屋油店の段」、住師匠は文字大夫時代から何度も担当されていますが、国立劇場小劇場では、1997年公演が最後でした。与兵衛:簑助、お吉:玉男ということだったとありますが、人形遣いの記憶がないのは不思議です。この時、錦糸さんは錦糸襲名前で錦弥名です(文楽劇場ではつい最近2003年があります)。これも東京ではひさしぶりですね。

 以上の考察で「芦屋道満大内鑑」がないとすれば、第二部、「寺子屋」が久しぶりということで可能性が高いことになりましょうか。以良香未体験で歓迎ですが。

2005/05/18(水)


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2005年4月26日 (火)

千歳大夫さんと妹背山

【錦糸サイト】

ツツドリ 様

> しかし山城少掾のCDを聞いて、千歳大夫さんは
> 誠実に山城少掾に憧れて十分稽古しているので、
> 堂々と住師匠以上の気迫で語っているのが分りました。

山城少掾→越路大夫→千歳大夫という系譜だったかと。情けないながら、私にはそれを聞き分けられる耳がないような。


> 千歳大夫さん、初めて見たときから床本
> を本当に見ない方だな、と思っていました。

これは分かります。1999年の東京公演「妹背山」は、定高を住大夫師匠、雛鳥を千歳大夫さんという役割でした。その時、千歳さんは妹山の床からさらに客席に張り出した場所での出語り、見台なし=床本なしで務められました。しーんと文楽の世界にひたっている風情がすごい緊張感をもって迫ってきた記憶があります。
 昨年の「妹背山」、背山の久我之助と変わりましたが、通常の床での語りとなっていました。客席をつぶしての出語りに踏み切れなかったのでしょうか。

2005/04/26(火)


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2005年1月 9日 (日)

大阪は正月の初舞台、東京2月は厳冬の中?

【ひらめサイト】

 年末から年始、みなさまの書き込みをぼおっとしながら楽しんでおりました。おくればせながら、今年もよろしく。
 充実した文楽が大阪から始まっている様子、東京の文楽始めは2月、寒さ厳しい折りとなることでしょうが、楽しみにしています。
 職場の同僚がから4日付の「神奈川新聞」芸能欄をプレゼント、「人形浄瑠璃文楽…一時のブームなのか。それとも新たなファンもとりこにして、さらに飛躍できるのか」という特集でした。文楽人形の仕組みも乗ったりしてやや主題に集中していない印象ですが、住大夫師匠のインタビュー記事に気になることばが。
 住師匠「年を売り物にするの嫌ですねん。腹に力が入らなくなったら、身を引きたい。」でも神奈川新聞の記者「次代への危機感は強い。中でも若手の育成は悩みの種。」師匠に心配をかけるのも師匠孝行の内かも?
 東京の2月公演、また関西の方々もいらっしゃることでしょうが、住師匠が大阪・東京と続けて同じ演目、関東近辺の文楽ファンにちょっと残しておくなんてことは、…なさそうですね。

2005年1月 9日(日)20時49分56秒

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2004年11月 9日 (火)

「十二段」のこれから

【錦糸サイト】

 『十二段』素浄瑠璃復活公演を、新聞風にまとめた報告が、先にご紹介した岡崎呉服協同組合のホームページに掲載されていました。トップページから「きもの園遊会」に入って下さい。
http://www3.ocn.ne.jp/~okgofuku/

 詳細は見ていただくとして、今後については、要旨次のような気になる記述がありました。住師匠も大変ですが、錦糸さんも大変ですね。

近松の物語は五段構成。姫の登場は三段目からなので後は「転・結」の二段を残すのみ。2年後の人形浄瑠璃としての完全復刻を目指すが師匠は「どうもなりまへんわ」と、久々の復刻にほとほとお疲れの師匠をどう口説くかが課題。

2004/11/09(火) 10:12


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2004年9月16日 (木)

18日が楽しみ

【錦糸サイト】

【喜美子さん】
《配役は、大変な作業らしい。 ..喜美子
【前略】
一月、「沼津」がでるとのこと。楽しみですね。何方がなさるのでしょうね。
この公演も、住大夫師匠は「引窓」か、あるいは「沓掛村」かと気にして配役のでるのを待ちました。結局、「沓掛村」は後進も育てておかねばならないという、制作側の意向が働いたらしく、今月師匠は「引窓」です。 》2004/09/14(火) 21:58

【ルネさん】
《9月公演 ..ルネ
【前略】
引窓の段。
床も人形も、なんとも贅沢な最高の段となりました。
うまく表現できませんが、ほんと、堪能させていただきました。
いつも切の前半分で住師匠が消えて交替すると、欲求不満にかられるのですが、今回は最後まで住師匠で嬉しかったです。
その前の文字久さんも手堅かったですし。
しみじみと、たっぷりと、う~ん、最高!
2004/09/14(火) 22:53》

 喜美子さん、ルネさんの書き込みを読み返しました。住大夫師匠がどの段を担当されるか、いつも決まるまでどきどきして待ちますが、いろいろな要素がからむのでしょうね。

> 結局、「沓掛村」は後進も育てておかねばならないという、制作側の意向が働いたらしく、今月師匠は「引窓」です。
> いつも切の前半分で住師匠が消えて交替すると、欲求不満にかられるのですが、今回は最後まで住師匠で嬉しかったです。
 何はともあれ、ルネさんのレポートからも、18日の第一部が楽しみです。

2004/09/16(木)

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