2005年5月27日 (金)

等身大?のネズミ(伽羅先代萩)

【ひらめサイト】
祝初日  投稿者: ひらめさん 投稿日:5月 8日(日)00時50分44秒

先代萩「床下」のネズミ、デカっ!あの大きさはちょっと予想を超えてました(汗)

 ひらめさんも触れてらっしゃいましたが、伽羅先代萩「床下」のネズミ大きいですね。
 歌舞伎では人が化けた等身大にちょうどなりますが、人形が化ける文楽では、人形にとっての等身大であって欲しい気がします。
 中に人が入らないとあの回転は難しいということで、あの大きさになるのはやむをえないかな、とも思いますが、千本桜「河連法眼館の段」でキツネを使われる文吾さん、キツネに換えてネズミを操る挑戦をしていただけないかななどとも考えました。
 糸あやつりの結城座でも床下のネズミが現われたようですが、やはり人が入ったのでしょうか。

5月27日(金)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年5月 6日 (金)

雀は「しゅうしゅう」と鳴いた??

【錦糸サイト】
おしゃべり広場 2005/04/03(日) 14:41喜美子さん

道具は揃った

【前略】今年の二月はじめ、何の気なくやったパンくずに雀が群がり啄ばむを見て、餌付けが楽しみになった錦糸。
「恩を売っとかんとナ」
あまりに熱心なかわいがり様を笑うと、こう云いました。そう、この「御殿の段」には雀が出てくる。
そしてもうひとつ、登場する動物は犬(狆)。是も、我が家には愛犬トチ。雑種ながらも賢くいつも錦糸に纏わりついて、お傍仕え。
更なる小道具はおにぎり。いつものように舞台の前は、小さいおにぎり一つで腹ごしらえです。

是で錦糸にとっての「御殿の段」の道具立ては出来ました。
【後略】

【錦糸サイト】
ある三味線弾きのつぶやき 2005年5月3日 錦糸さん

【前略】私は先月にひき続き、「先代萩」の“御殿”を勤めさせていただきます。
登場人物は、乳母の政岡に、鶴喜代君と千松の三人。
他に、雀と狆(チン)だけです。

大夫さんにとって大変気しんどうな役で、政岡は常に気品を忘れず、腹には気丈を持ち、乳母として、母としての情愛を出さねばなりません。
子役の二人は、音程とテンポで語り分けます。
鶴喜代君が少し低目でゆっくりとしたテンポ。千松はその反対です。

三味線弾きも同様に、気の張る浄瑠璃なのですが、雀の鳴き声やら羽ばたきなどを表現するところが何ヶ所もあり、腕の見せ所なのですが、いかが聞こえますでしょうか?
お楽しみに。

浄瑠璃の中に、「忠(ちゅう)と教へる親鳥の」という文章があるので、この時代の雀は「忠」と鳴いていたのでしょうか?
【後略】

 錦糸さんの「御殿」の聴き所、ありがとうございます。三味線による雀の表現、聞き分けられるか心配です。

 ところで、雀の鳴き声ですが、北原白秋作詞の「すずめのおやど」では、
「ちゅう ちゅう ぱた ぱた ちゅう ぱたり
ちゅう ちゅう ぱた ぱた ちゅう ぱたり」
、確かにちゅうちゅうと鳴いています。

 もっと昔は、「しうしう」と書いていたそうで、今の表記では「しゅうしゅう」と書くところでしょう。これは昔の「サ行」が今と違う音だったことを示しているようです。
(亀井 孝(1970)「すずめしうしう」『成蹊国文』3(亀井孝論文集3『日本語のすがたとこころ(一)』吉川弘文館 所収)
 
 それはともかく、「とりビア」というサイトによれば、

>ふだんの鳴き声(地鳴き)は、文字にする
>と「チュン、チュン、チュイッ、チュイ
>ッ、チュイッ」という感じ

>さえずりとされる声は「チュー、チイン、
>チュン、チー、チュイーン、チイン、チョ
>ーッ、チイン、…」というような少々複雑
>な鳴き声になります。
>そのほかスズメは、警戒、怒り、威嚇など
>も鳴き分けているようです。

http://www.ybird.jp/torinavi/toribia/FS_toribia.htm

 犬が英語ではbow-wow、動物の鳴き声が文字に定着する仕方はいろいろなようです。

2005/05/06(金)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年4月 1日 (金)

「ひもじい」と「もったいない」

【錦糸サイト】
おしゃべり広場 2005/03/28(月) 17:33喜美子さん
飯炊きの井戸

4月公演が近づきました。
隣室から、御殿の段の一人稽古(錦糸は是を練習と呼ぶ)の音が聞こえてきます。

前半きっての名場面が「飯炊き」。まるで洗うお米の一粒一粒が目に見えてくるような、三味線の手が、私は好きなのですが、この名場面ゆかりの≪飯炊きの井戸≫なるものが、今も東京は、御成門駅近くに残っているそうです。

【錦糸サイト】
ある三味線弾きのつぶやき 2005年3月31日 錦糸さん

【前略】
さて、四月公演は、先代萩の「御殿」です。
御存じの通り、名曲中の名曲、芝居としても大名作です。
私の勤めます前半は通称「ままたき」、後半は「政岡忠義」と呼ばれ、見所、聞き所の多い狂言で、文楽の魅力をたっぷり味わっていただけると思います。
お楽しみに。

政岡の子、千松のセリフに、「お腹がすいても、ひもじうない」という名文句があるのですが、先日、ルネ氏の御母堂と御殿の話をしていると、「戦時中にはよく言ったものよ」との事。
浄瑠璃が浸透していたのですね。
【後略】

 御殿の段、喜美子さんの書き込みに続いて錦糸さんのつぶやき、4月公演と東京5月公演、住師匠と錦糸さんの受け持ちは同じ。
 東京公演を心待ちにしている身にとっては、4月公演に向けての話→4月公演→5月公演に向けて→5月公演へと話題が持続して楽しめるとともに、待ち遠しさもひとしおというところがあります。

 錦糸さんのつぶやき、戦後それほど遠くない時期に生まれた身にとっては、ひもじい思いについて自分自身の記憶はほとんどありません。でも食糧事情の悪さから、母親の乳の出が悪く、やせ細った赤ん坊だった時期があったこと、親から時ある事に聞かされたものです。また、父親が農家の出だったことから、とりわけ米作りの大変さがよく話に出ました。食べ物を残すことはもったいない、その意識がしみついていて、バイキングで取りすぎ残す人には腹をたてています。
 マータイさんによって「もったいない」は世界語になりましたが、「ひもじい」思いを体験するか、せめて想像する、それができない場合には、遠いことばのままとなるのでしょうか。

2005/04/01(金)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年2月23日 (水)

2005年5月「伽羅先代萩」「桂川連理柵」

《5月文楽公演の演目》
5月21日(土)<第二部>4時30分から
 演目は
   伽羅先代萩めいぼくせんだいはぎ=松貫四・高橋武兵衛・吉田角丸作
     竹の間の段
     御殿の段
     政岡忠義の段
     床下の段

   桂川連理柵かつらがわれんりのしがらみ=柵菅専助作
     六角堂の段
     帯屋の段
     道行朧の桂川

 なお、<第一部>11時は
   近江源氏先陣館=近松半二・八民平七・松田才二・三好松洛
        竹田新松・近松東南・竹本三郎兵衛作
     和田兵衛上使の段
     盛綱陣屋の段
   冥途の飛脚=近松門左衛門作
     淡路町の段
     封印切の段
     道行相合かご
ということで、こちらも魅力的です。

《伽羅先代萩》
 歌舞伎・映画でも有名な演目で、2000年の東京公演でも住大夫・錦糸コンビで上演されていましたが、この時は「絵本太閤記」を選択したので、初めての方が多いと思われます。

 仙台藩伊達家のお家騒動(いわゆる伊達騒動)を扱った浄瑠璃で、奈河亀輔作の同題名の歌舞伎脚本などをもとに作られた九段続きの時代物です。中心となる六段目「御殿」は、歌舞伎とともに上演頻度が高い段ですが、今回は半通しとなります。

《伽羅先代萩粗筋》
「竹の間の段」
 お家横領を狙う一味に荷担する八汐らの企みや、幼君鶴喜代の食事を乳母政岡が吟味して、毒殺から守っていること、政岡に対する鶴喜代の全幅の信頼などが描かれます。

「御殿の段」
 政岡が鶴喜代のために茶の湯の道具を使ってご飯を炊くところで、「飯炊き」と呼ばれる一番の見どころ、聞きどころです。政岡の子、千松の「お腹がすいてもひもじゅうない」の詞はよく知られています。
 奥州五十四郡の国主の江戸屋敷でのできごとという品格が要求され、政岡には、若君の乳母たる性根を忘れてはならないと言われています。筋の展開としては起伏に乏しく、内面的な表現が要求される難しい語り場です。

「政岡忠義の段」
 毒菓子の出現、取って食べる千松、これを殺す八汐、企みを明かす栄御前、そして殺そうと向かってくる八汐を成敗してわが子の復讐を遂げるまで。政岡の、栄御前が去って一人になってからの、わが子の死骸を抱き締めてのクドキ、それまでこらえにこらえていたものが、ほとばしり、大変深い感動を与えます。

「床下の段」
 松ヶ枝節之助が大鼠を踏まえてせりあげで登場、最後は貝田勘解由(歌舞伎の仁木弾正)が悠然と宙乗りで引っ込みます。歌舞伎の影響を受けた場面で、劇場の機構を駆使しての舞台となります。

《桂川連理柵》
 東京公演は1997年、住大夫・錦弥(現錦糸)で「帯屋の段」を上演していましたが、日程が合わなかったようで、これも初めての方が多いと思います。
 中年男性と少女の心中事件、実は二人は殺害され、心中と見せかけて川に流されたものでしたが、この事件をもとにした世話物です。
《桂川連理柵粗筋》
「帯屋の段」
 帯屋の後妻おとせは隠居の繁斎がおとなしいのをよいことに、連れ子の儀兵衛と共に帯屋の台所を好きなようにしていました。
 妻思いで誠実な長右衛門は、ふとしたことから隣家の二回りも年下十四歳の娘お半を妊娠させてしまい、一人苦悩しています。しかも、大名から預かった刀を失い、進退窮まって自害を決意したところ、継母おとせと連れ子儀兵衛から、店の金を盗んだと詰め寄られ、お半との仲を言いふらされます。
 夫を守ろうと心を砕く妻お絹や、味方である養父繁斎の深い思いやりに、ますます自己を責め、苦しむ長右衛門でした。
 やがて、嫁入りを嫌ったお半が川へ身投げに向かうと、一緒に死のうと、あとを追うのでした。
 窮地に立たされた夫婦の深刻な物語ですが、洟垂れ丁稚と連れ子の滑稽で賑やかなやりとりが、大いに笑いを引き起こし、夫婦や養父の情愛と苦悩をより際立たせます。

「道行朧の桂川」
 お半と落合った長右衛門は前世の因縁を感じて、共に身を投げるべく川上を目指すのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)