2004年9月27日 (月)

双蝶々曲輪日記

【ひらめサイト】

 ひらめさん、望都さんのお二人からも第二部のお勧めを受けながら、時間の制約から結局18日(土)第一部のみとなりました。
 うえさんをお見かけしたのですが、今回も仲間が多くご挨拶をしそびれたのが残念でした。花標さんもいらしたのですね。「昼の部はこちらの体調もあってか、…集中力が続かなくなってきて、もったいないことしました。」とのことですが、わたしも橋本の段は同様でした。あるいは世話ものは性にあわないのかもしれません。花標さんのように続けて第二部というのはできそうもありません。もっとも文雀さんの関寺小町後半で元気を取り戻して楽屋にお邪魔しましたが。
 次は体調も整え、いろいろ予定を繰り合わせたいものです。

9月27日(月)
【タイトルは変更しています】

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2004年9月16日 (木)

18日が楽しみ

【錦糸サイト】

【喜美子さん】
《配役は、大変な作業らしい。 ..喜美子
【前略】
一月、「沼津」がでるとのこと。楽しみですね。何方がなさるのでしょうね。
この公演も、住大夫師匠は「引窓」か、あるいは「沓掛村」かと気にして配役のでるのを待ちました。結局、「沓掛村」は後進も育てておかねばならないという、制作側の意向が働いたらしく、今月師匠は「引窓」です。 》2004/09/14(火) 21:58

【ルネさん】
《9月公演 ..ルネ
【前略】
引窓の段。
床も人形も、なんとも贅沢な最高の段となりました。
うまく表現できませんが、ほんと、堪能させていただきました。
いつも切の前半分で住師匠が消えて交替すると、欲求不満にかられるのですが、今回は最後まで住師匠で嬉しかったです。
その前の文字久さんも手堅かったですし。
しみじみと、たっぷりと、う~ん、最高!
2004/09/14(火) 22:53》

 喜美子さん、ルネさんの書き込みを読み返しました。住大夫師匠がどの段を担当されるか、いつも決まるまでどきどきして待ちますが、いろいろな要素がからむのでしょうね。

> 結局、「沓掛村」は後進も育てておかねばならないという、制作側の意向が働いたらしく、今月師匠は「引窓」です。
> いつも切の前半分で住師匠が消えて交替すると、欲求不満にかられるのですが、今回は最後まで住師匠で嬉しかったです。
 何はともあれ、ルネさんのレポートからも、18日の第一部が楽しみです。

2004/09/16(木)

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2004年7月29日 (木)

2004年9月「双蝶々曲輪日記」

[9月公演]
 演目はいずれも東京ではあまり演じられていませんし、時代物の華やかさはありません。
 そのうち、「双蝶々曲輪日記」を推奨します。世話物屈指の作品で、大阪では上演頻度が高く、小学館の新編古典文学全集『浄瑠璃』の巻では、仮名手本、妹背山などと並んでこの演目が収録されています。
 住大夫師匠は聞かせどころの「八幡里引窓の段」(通称、引窓)を語ります。人形は文雀、簑助両人間国宝が使います。
 第一部のもう一つ「花競四季寿」では、年老いた小野小町が若き日を偲ぶ「関寺小町」と雪の洛北に鷺の化身が舞う「鷺娘」の、四季の景事のうち、秋と冬が演じられます。


===================演目表=================
第一部
 双蝶々曲輪日記
堀江相撲場の段
大宝寺米屋の段
難波裏喧嘩の段
八幡里引窓の段
橋本の段
 花競四季寿  関寺小町・鷺娘

第二部
 恋女房染分手綱
能舞台定之進切腹の段
沓掛村の段
坂の下の段
道中双六の段
重の井子別れの段
2004年9月11日(土) ~ 9月26日(日)
開演時間
 第1部 11時
 第2部 4時半
(第1部と第2部の演目の入替はありません)  

=============双蝶々曲輪日記あらすじなど==============
竹田出雲・二好松洛・並木千柳(3大名作の作者たち)
寛延二(1749)年、大坂・竹本座初演
 九段つづきの世話物で、今回その重要な部分を上演しますから、通し扱いです。

 濡髪長五郎と放駒長吉という二人の相撲取りを中心に、山崎与五郎と新町の藤屋吾妻の情話を交じえて構成されています。
 『双蝶々』の外題は、濡髪長五郎と放駒長吉の二人の名前の「長」の音に因んだもので、二段目「相撲場」、六段目「橋本」、八段目「八幡の里引窓」が有名。

堀江相撲場の段
 豪商山瞬与次兵衛のひいきをうける力士濡髪長五郎は、与次兵衛の跡継ぎ与五郎が遊女・吾妻を身請けするために、吾妻に横恋慕している武士平岡郷左衛門が肩入れする放駒長吉に土俵での勝負を譲ります。真相を知った長吉は怒り、遺恨を残します。

大宝寺町米屋の段
 長吉は実家に長五郎を呼び入れますが、吾妻の件でまたしても喧嘩となります。そこへ長吉を盗人と訴える人たちが現れます。これは長吉の行く末を案じた長吉の姉お関が知り合いを頼んでの芝居でした。姉の愛情と長五郎の友情に心を動かさ、長吉は平岡と手を切って長五郎と義兄弟の誓いを交わします。

難波裏喧嘩の段
 与五郎と吾妻が平岡に捕まったと知った長五郎は、人影まばらな難波裏で一行に追い付きます。平岡に辱められた長五郎は、平岡を手にかけてしまい、長吉に与五郎と吾妻を託し、姿を消します。

橋本の段
 与五郎と吾妻は罪をおかし、与五郎の妻お照の実家橋本にたどり着きます。お照の父治部右衛門は武士気質で、与五郎がお照と別れることを条件に二人を匿います。そこへ与五郎の父、与次兵衛が嫁のお照を迎えにやって来て不満に思い、掴み合いとなります。
 この様子に駕籠かきの甚兵衛が仲裁に入ります。甚兵衛こそ吾妻の父親だったのです。相手の子を大切に思う三人それぞれの親心が通じ合い、解決が図られることになります。

八幡里引窓の段
 月見と石清水八幡宮の放生会の祭を控え、継子与兵衛の仕官の期待も合せうきうきとした雰囲気の中に、誤って四人を殺した実子長五郎が、母にそれとなく別れを告げにやって来ます。長五郎と与兵衛は老母を挟んで義理の兄弟でありながら、役人と殺人者という関係になります。
 役人与兵衛の持つ長五郎の人相書を、来世の救いを投げ打って買い求めようとする老母の血を吐く様な言葉、その母の真情を悟って役人としての義理・立場を捨てる与兵衛の心理、母・与兵衛とその女房お早の善意と愛情に打たれて、かなわぬまでも逃れようとする長五郎の決意など、聞きどころが続きます。
 また、屋根の明り取りの引窓を様々に使い分け、各人の立場・心理を表現する手法なども注目です。

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2004年5月23日 (日)

9月配役表ありがとうございます【2004年9月『伊賀越道中双六』】

【錦糸サイトへの書き込み】
ルネ様

 早速9月東京公演の配役表を挙げていただいていますね。二部をご覧にならないとの決意表明は、この作業のためだったのでしょうか。ありがとうございます。
 文楽の先輩が大分前から『双蝶々曲輪日記』「八幡里引窓の段」を待ち望んでいました。22日の山の段終了後の楽屋訪問の間、また反省会(聴くべきとことろ聴き、観るべきところを見たか。飲み会とも)で、住大夫師匠の引窓を熱く語っていました。
 『伊賀越道中双六』「沼津の段」、『仮名手本忠臣蔵』「山科閑居の段」、『生写朝顔話』「宿屋の段」、『曽根崎心中』「天満屋の段」と関西方面の住師匠―錦糸さんの配されている演目は、それなりになじみがありますが、9月公演の「引窓」は初めてです。
 東京5月公演は今日千秋楽というのに、早くも9月公演にみな期待を寄せて分かれました。

2004/05/23(日)


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2004年5月21日 (金)

双蝶々

【ひらめサイト 沖鴨学さん2004-05-21】
《国立、行ってきました 投稿日: 5月21日(金)02時46分55秒

【前略】ところで、『双蝶々』ですが、原作は確かに、「橋本」→「引窓」の順になっています。
今、去年国立劇場でかかった歌舞伎での通し上演のパンフを見てるんですが、それによりますと、一~五段目までが、いわば共通のストーリー、そこから話がふたつに分かれて、六段目「橋本」、七段目道行という流れが与五郎の物語、八段目「引窓」、九段目結末という流れが濡髪長五郎の物語。
ですが、『双蝶々』の通しというと、長五郎をメインにした構成のものが圧倒的なんだそうです。(歌舞伎では、ということでしょうか)
となると、相撲場~米屋~難波裏~引窓という風に持ってくるのが多いらしい。

別の歌舞伎の本には、「橋本」は、達者な老け役が3人も必要となるためか、ほとんど上演されてない、とありました。まぁ、そういう制約もあるのでしょう…。
粗筋を読む限り、かなり泣けそうな話っぽいですね。この時点で、泣きながら舞台観る自分が妄想できます(^_^;

原作を取るか、流れを取るか、といったことなんでしょうねぇ。
「橋本」は未見ですが、「引窓」で終わると、なんか据わりが悪い感じがしそうな気がします。》

沖鴨学さま
 早速『双蝶々曲輪日記』について教えていただきありがとうございます。某サイトとこのサイトの書き込み時刻から察するに、わざわざお調べいただいたご様子、もうしわけありません。
 ひらめサイトには歌舞伎と文楽、二つの世界を縦横に飛びかっていらっしゃる方が多く、こういうときに歌舞伎の世界を参考にできることはありがたいことです。
 小学館版(新編)『浄瑠璃集』の梗概を読み直してみたところ、ご指摘のように9月公演のような運びもありかなと感じました。通し公演といっても抽出せざるをえない以上、試行錯誤の歩みを経て今回の順番があるのでしょう。

2004-05-21

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2004年5月19日 (水)

双蝶々曲輪日記についてどなたかお教えを

【ひらめサイト】
 文楽東京9月公演の演目「双蝶々曲輪日記」について過去の上演記録などを見ていたところ、わからなくなりました。調査していけばわかるのかもしれませんが、どなたか事情をご存知でしたらお教えください。

疑問点
 「八幡の里引窓」「橋本」となっていますが、「橋本」「八幡の里引窓」の順のようです。
 過去の上演では「橋本」「八幡の里引窓」となっている場合と、今回と同じ順序とがあります。
 どなたかよろしくご教示ください。

5月19日(水)


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2004年5月10日 (月)

2004年9月公演「双蝶々曲輪日記」「恋女房染分手綱」渋さの実証

【ひらめサイト】


9月東京公演
 いずれも私には初めてですが、KOROさんが書かれ、花標さんが駄目を押されたように、渋いと形容できるようですね。チケット入手困難への苦情対策に、渋い演目をもってきて、争奪戦にならないようにという、国立劇場の作戦だったりして。

公演記録に現れた渋さの実証「双蝶々曲輪日記」
 大阪では通し狂言として1989年、1995年、2000年というふうに、ほぼ5年おきの人気演目ですが、東京では1994年に引窓の段を住大夫師匠が語られたのがこの演目の最後(素浄瑠璃の会、若手の会を除く)で、通し公演は1989年が最後ですから、15年ぶりとなります。通しといっても半日がかり、妹背山の一日ぶっ通し約9時間半ですら5年に一度ですから、東京では地味な演目とされていたのでしょう。

公演記録に現れた渋さの実証「恋女房染分手綱」
 東京ではここ15年間で合計2回の公演ですが、通しは1996年ですから、双蝶々曲輪日記よりは最近のことですね。大阪でもここ15年間で合計2回、通し公演は2000年ということで、双蝶々曲輪日記より上演回数は少ないのですね。

 私の文楽とのつきあいは10年ちょっとですから、いずれの演目も接する機会があったわけなのに、今回初めてということになります。
 まだ5月公演の始まったばかりで、いささか気が早すぎますが、さてどちらにすべきか。早く配役を決めてほしい。(←悪魔のささやき「両方にすれば?」)

2004年5月10日

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